息の長い運動のための、運動におけるバーンアウトを回避するためのヒント

「アクティビスト・トラウマ・サポート」が作成したチラシSustainable Activism & Avoiding Burnoutの訳です。
http://www.activist-trauma.net/doc/burnout_flyer_rightway.pdf

バーンアウト[訳注:日本語に言い換えると「燃え尽き」「極度の身体的・情緒的疲労」、運動の文脈で意訳すると「運動疲れ」]というのは、政治的かつ運動の問題です。真面目な活動家が運動によって生じたバーンアウトからつらい思いをしたり、運動の界隈から去っていくという事態がこれまでにずっと起きてきました。

バーンアウトについて、運動に関わっていれば派生的に起こるものだという単純な理解が広範にみられます。しかし、わたしたちは集団的な取り組みを行っているのだから、もしもバーンアウトで苦しんでいる人がいるならば、それは全体にも良くない影響をもたらすことになります。

自分たちのための振る舞いであれ、周りの人への振る舞いであれ、行為のあり様は大きな影響を持ちます。楽しむことができて効果的な行動や過程が、そうではない行動や過程へと容易に転じてしまうことがあります。このチラシは、バーンアウトに苦しむ人を責めたり批難するものでは全くなく、よりしっかりとお互いを助け合う必要があるという事実を強調するためのものです。バーンアウトは活動家の生活のひとつの現実だと考える必要はないのです。わたしたちは大事な活動の仲間を失ってきたけれども、そんなことを続ける必要はありません。

このワークショップ/ちらしは、社会変革の最も効果的な方法と、わたしたちの社会が地球を破壊するのを食い止める方法は、自己変革と人々の相互的関与や自然との関わり方を通じてなされるという前提から始めます。

ものごとを別のやり方で、より効果的に、そして非常に大事なのは破壊的なやり方を少しでも取り除いて行うこと。ある意味では、これこそがわたしたちの運動がどのようなものなのかを示しています。自らの精神的・感情的・身体的健康への向き合い方を見直すことは、次のような大きな役割を果たすでしょう。わたしたちのアクティビズムがさらにしっかりと継続することを可能にし、それによってわたしたちがバーンアウトを回避することを助け、わたしたちの抵抗が継続するのです。

■バーンアウトとは何か?
「バーンアウトとは、感情的な負荷を伴う状況(たいへんだと感じる状況)にある程度の長い期間関わったことによって引き起こされる身体的、感情的、精神的な疲労状態として定義され、あるいは主観的に経験されます。感情的負荷が生じるのは、多くの場合、極度に高い期待や継続的ストレス状況の組みあわせによってです。バーンアウトは身体的消耗、無力感や絶望、幻滅、否定的自己評価、自分のしていることや周りの人や人生そのものへの否定的態度といったもの含む、一連の徴候があります。極端な場合には、バーンアウトは状況に対処することが手に負えなくなる限界点を示すことになります。」(Ayala Pines・Elliott Aronson著、『キャリア・バーンアウト:原因と対処』原題:Career Burnout: Causes and Cures、出版社:The Free Press、1998年)

人生の厳しい局面にさしかかると、一般的に言って、ひとは活気を失くし、楽しむことができなくなって、一緒にいるのが快活な人ではなくなってしまいます。

バーンアウトは危険信号として見ることが出来るかもしれないけれど、だからこそこの状況はより息の長い、健康的な仕事のやり方を改めて検証し、そうしたやり方を優先し発展させる機会でもあるのです。R.D.レイン(1960年代の悪名高き精神科医)を引用するならば、「すべての破壊になることはない。それは突破口でもあるのだから。」

バーンアウトは多くの場合、働き過ぎ、過剰なストレス、たくさんのストレス状態を経験することで引き起こされます。

バーンアウトが起こりうるのは、あまりに多くのことを自分に要求していたり、高すぎる理想や非現実的な基準を自らに課している場合、そして息抜きをするわけにはいかないと思ったり、他の人に任せることができないと思ってしまう場合です。別の言い方をすれば、自分たちのことをいたわることが出来ない場合、自分たちの最も基本的なニーズを大事に出来ない場合にバーンアウトが起こるのです。

■気をつけること
バーンアウトは時間をかけて徐々に起こります。それは身体的あるいは精神的に現われてきます。バーンアウトの徴候にはこういったものがあります。

■何がバーンアウトを引き起こすのか?
1)直接行動
直接行動は極度に激しい感情を掻き立てることがあります。わずかの時間に特異な事柄を経験することもあるでしょう。直接行動の運動を、これまでの人生で最も重大な、生き方を変えるような勇気づけられる出来事として見出す人が多くいます。しかし、仮に運動が敗北し、守ろうとしていたものが破壊された場合、これはかつてない最悪の経験だ、こんな辛い経験はもう二度とご免だと言う人が出てきます。

要約すると、直接行動は時として多くの人にとって相当なトラウマとなりかねません。すべてのストレスに対処するための最善の方法は、お互いを助け合い、支え合うことです。ストレス反応はアドレナリンの放出から始まり、それは一時的なエネルギーの発散をもたらします。

自分たちを常に焚きつけて意気高揚な状態を維持しようとしても、そうしたことは長続きしません。意気高揚な状態を続けるには、息抜きをして、困難な状況ではうずくまり、そして復帰するという営みがなくてはなりません。何かが間違っているというメッセージを無視して[バーンアウトから]回復しない場合、わたしたちの心と体は注意を喚起するために何らかの苦痛や劇的なことに訴えることになるでしょう。これがバーンアウトなのです。

わたしたちは、絶えず酷使されることに耐えることのできる磨り減らない機械でもないし兵士でもありません。こうしたことに怒るのはまったくもって前向きで健康的なことです。[こうした状況に]冒されない人がいるとしたら、それは憂慮すべきことです。みんなが話をして、不安やストレスを互いに聞き合う時間を取ることが大切です。わたしたちはしっかりと互いにケアする必要があります。さらには、いつも大丈夫なように振舞っているだけかもしれない「強い」人のことを忘れてはいけません。自分の感情を伝えることを怖がらないで。

気がかりな人が「大丈夫」と言い張る場合、バーンアウトに対処するのは困難なことかもしれません。限界に近づいているような人が周囲にいたら、その人を問い詰めたりせずににストレスを軽減させることに努めよう。自分がバーンアウト気味かもしれないと思ったら、躊躇せずに助けを求めよう。

2)内輪もめ
バーンアウトの大きな原因のひとつは、グループ/人のあいだにもめごとが起こり、内輪もめに精力を消耗する状況です。内紛は、批難したり責任をなすりつける相手を狙っているストレス状況下にいる人が出処になっていることが多くあります。それは不信、いじめ、脅かし、虐待、ゴシップとなって現われることがあります。グループの力学に注意を払おう。悪意のあるうわさや悪感情を広めている人がいたら気をつけよう。そういった人は極度のストレスを抱えているかもしれません。あるいは、要注意人物なのかもしれない。なぜなら、こういうことはグループを弱体化させるために潜入したスパイが用いるよくある手口だからです。疑心暗鬼になる前に、批難の根拠の有無を確かめるために当人と話してみよう。猜疑心に憑かれた魔女狩りは、誰のためにもならない。なによりもまずお互いにいたわり、そして自分もいたわろう。互いに尊重しあおう。

3)アクティビスト文化
ある研究はアクティビストのバーンアウトについて、次のことを強調しています。アクティビストのバーンアウトは、どれだけ自分たちを駆り立てたとしても到達することがよほど全くあり得ない、非現実的な高い基準を自分たちに設定することから引き起こされる場合が多くあります。世界の重みを背負い、世界の問題が解決されるまでは休むことを自分に許さない。こういったやり方は確実に自分を疲弊させます。(参照 www.parkc.org/activist.htm)

このような多くの人に共通する態度はどういった類の文化を作り出すことになるのだろうか? 運動として、充電のために休む必要があると表明している人を尊重すると同時に、運動の停滞期を受け入れることができるだろうか? それよりもむしろ、仲間内で得られる敬意や賞賛は、際限のない自己犠牲が要請される大義への献身といったものに対してなのだろうか?

運動の仕事は差し迫った緊急性の高いものであることが多い。この仕事上の性質は、要求度の高い労働倫理を育てる危険があるのではないか? おそらく理解できる一方で、個人的犠牲を重んじる文化は、究極的に持続可能で効果的でありうるだろうか?

大義への献身というアクティビスト文化の負の側面は、わたしたちのコミュニティが最もやる気を持った参加者を継続的に喪失するのと同時に、新たな参加者を運動に関わることから遠のかせる傾向でもあるといえます。

わたしたちが全般的な社会の変革を見たいと切望し、その変化になりたいのならば、今こそしっかりと次のことを認めなくてはなりません。絶え間なく自分たちや周りを駆り立てても、それは長続きもしないし望ましくないということを。世界を変えることは短距離を全力疾走することではなく、長距離マラソンなのだと覚えておく必要があります。ゆっくりと歩いていかなくてはならないのです。

■バーンアウトを回避するための戦略:わたしたちの運動をさらに継続させるために
わたしたちのコミュニティは仕事の抱え過ぎを防ぐために、定期的な見直しと余分な部分の除去が必要です。何かを引き受けたけれど出来ないのならば、出来ないとはっきりと伝えよう。やっていないのにあなたがやっていると思われるよりはいい。

いろいろ異なる活動を取り混ぜながら、定期的に休みを取るようにしよう。あなたの権利でありニーズでもあるバランスを取るために、大きな行動や仕事の始まる前に、合間に、そして終わった後に休みを取る計画を立てよう。

あなたを最も消耗させる状況はどのようなものですか? そうした状況に対処する方法を編み出すことができますか?

すべての行動に顔を出さなくてはいけないと感じる必要はありません。いいと思えないならば、しなければいいのです。

自分の動機を知ることも助けになります。実のところ、より個人的な背景―幼児期の虐待や厳しい人生経験―から出てきている怒りと痛みを表現する方法として運動に関わる人がいます。ふたつの動機を持つことはできないとか、家庭内暴力に政治的側面がないなどと言っているのではありません。それでもしかし、継続性の観点からは、何が何処から現われているのかを知っておくことは有益です。

感情的負荷の高い状況に長期にわたって関与しても、そうした状況が生み出している感情を吐き出す方法を持っていれば、対処がしやすくなります。サポートネットワーク、共同カウンセリング、スポーツ、セックス、自然の中にいること、基本的に仕事を忘れさせてくれること全般、こうしたことを通じて定期的に感情を吐き出すことが、あなたや周りの人の最も良い面を引き出すのを助けるでしょう。

ものごとを流す方法を学び実践しよう。[溜め込んだ]ものごとを流し、そこから先に進むことの出来る地点に到達するまで、自分に対する共感を持ちながら、みずからの痛みやストレス、怖れに向き合い、受け止め、それらと共に仕事をすることが、そうしたやり方となります。

人としての自分を認めよう。あなたには楽しんだり、のんびりする権利があります。

自分の弱さを受け止めて外に示そう。わたしたちは機械ではありません。わたしたちがあわせ持つ傷つきやすい側面を認めない場合、そうした部分はさらに大きな問題となって回帰するものです。

■出来る限り健康的ライフスタイルを送ろう (抄訳)

その他のヒント

ある種のスピリチュアルな実践を一切持たないアクティビストは遅かれ早かれバーンアウトに達するが、何らかのスピリチュアルな実践がある人は再び活気を取り戻し、情熱を燃やし続けるためのやり方にいつでも戻ってくるというStarhawkによる知見もあります。

スピリチュアルな実践とは瞑想、自然の中を歩くこと、パーマカルチャー農法や庭の手入まで含まれるでしょう。[音楽や文学も含まれるのでは] 基本的には、良いもの美しいものを感受し、地球のすべての生きものを肯定する感覚を育てることなら何でも含まれます。

自分の創造性を引き出そう。アクティビストは創造的集団だとしばしば形容されます。警察を出し抜いたり、企業の詐欺を頓挫させるのとは別の領域で創造性を試してみるのはどうだろうか。

突き詰めてみれば、結局のところ、万能な処方箋があるわけではありません。バーンアウトを回避し対処することを含めた回復の過程は、わたしたちひとりひとりがそうであるのと同じように、ただひとつの独自のものになるでしょう。単にこの文章を読んだから試してみるというのなら意味はありません。自分の情熱に従って活動や実践をすることが、バーンアウトからの回復に肝心なことなのです。

***TAKE CARE OF EACH OTHER***

1件のコメント »

  1. femqueerunit said

    若干手直した第二版です。(9月7日午前中更新)

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